愛されたいから自分を殺した。そこからぜんぶが始まった

愛されたいから始めた自己犠牲の人生。
救いができたわたしは、
無敵になった
前回は、”わたしの激烈な0か100の性質”
がバレて恥…😑
となるも、これは、”ど満月生まれ”
のわたしの星の仕様なんで🌕✋
って言い訳ができるのがわたしの救い。←
救いができたわたしは無敵になったので、
ここからはさらにギアを上げて💨
わたしの深すぎる闇を──
曇りなきまなこで、嘘偽りなく晒していく!←
「優しさ」の根っこは
どろどろに汚れてた
でも人類の悲しみ最底辺あるあるについて、
明確に言語化したら壮大になり過ぎて…
──まだまだ終わらん←
(ごめん、でも本気の人には参考になると思う!)
前回までの感じだと、ついうっかり
わたしは人知れず与える優しくて良い人
と思われかねないけど……
無自覚ではあったけど、
わたしの行為の根っこを
分解して分解して観て行くと
そりゃあもう、どろっどろ💀です。
(楽しそうでしょ?←)
あのひと言が、
すべてのはじまりだった
そもそも、なんでわたしが人々に
無自覚で与え過ぎをやってきたか?
の原点にあるのは、子供の頃、母に
「死んじゃえば良いのに」
って笑われながら言われたこと。
その時のことを詳しく描写すると──
わたしは子供の頃から、
ベランダとか縁側にいるのが大好きで。
その日はベランダでおひさま浴びて
自分の世界でとっても生き生きしながら
幸せだったんです🌞💛
母からすると
「自分がいなければ何もできないはずの、
わたしの無力で赤ちゃんみたいな末っ子」が、
一人で自由に楽しそうにしている姿は──
ふと、無意識に、強烈に許せなくて、
否定したくなったんだと思います。
安全だった世界が、
一瞬で崩壊した
その時わたしはたぶん、
小学校一年生くらいだったんだけど、
それを言われて笑われた時、
直感的にその気持ちの全部が分かりました。
軽口で冗談のつもりみたいに言ってたけど
(母はそんな発言全く記憶にない←)
わたしは母の中に沸いた、
憎しみ、拒絶、嫌悪を感じ取りました。
だから「そんな思いをわたしに持つなんて!!」
という猛烈な怒りが湧いて、
「この人はわたしが死なないと、
わたしがどんなに大切な存在か分からないんだ!
今すぐベランダから飛び降りて死んでやる!」
と衝動的に思ったんです😱
怒りで震えてたのに、
気付かないフリをした
「死ぬことでお前に思い知らせてやる!」
っていう、復讐的なマグマのような怒り🌋
その時のことを思い出すと、
「飛び降りなくてよかったー!😩😮💨!怖!」
って震えるくらい、本気でそう思った😱
1年生か、行ってても2年生の女の子が
そのくらい強烈に記憶に残るほどの怒りを、
この世で1番愛する母親に感じたんです🔥
だって、この世で1番愛してくれる人❤️
と信じていた存在に「死んじゃえば良いのに」
なんて笑って言わわれたら
裏切られたと感じて当然ですよね😢🗡🩸
でも──
わたしはマグマのような怒りを感じたのに🌋
何も聞こえなかったフリをして、
何事もなかったかのように母に接しました。
愛されてると信じてた。
──でも、あの瞬間
それ以前から、母に対して
冷たいと感じることはあったけど、
(気分のムラがあるのは当たり前だけど
子供にはそれが衝撃になる)
それを信じ切ってなかったのは
それ以上に愛されてると感じていたから。
でも──
「わたしは愛されてないのかな?」
という疑いはあったんだと思います。
だからそれがその一言で決定して、
わたしの生き方が決まったんです。
つまり、わたしの自己犠牲人生の始まりです。
”意思を持たない何もできない赤ちゃんで生きる”
ってことです👶
願い通りの”自己犠牲”
わたしの母は、強烈な無価値感を持っていて
その奥に自覚できないほどの悲しみを持っていた。
だからこそ、夫や子供たちに尽くすことで
自分の存在価値を満たして生きた女性です。
(国技🇯🇵自己犠牲を地でいく女日本代表🥇
でも昔は自己犠牲が正義だったよね🥺)
わたしは母のお腹の中でその悲しみを察知して、
「母の悲しみを癒す」と決めてきた。
(そういう人多いですよ〜📣)
だから、”その自己犠牲”も、
ある意味では願い通りだったし、
星的に言えば予定通りでした🌟
だから強固にフィックスしてしまった😱
(みんなそういうのありますよ〜📣)
「わたしは愛されてるよね?」
でもそんなことは今だから分かるんであって、
そんなことを何一つ分かってないわたしは、
母に愛されたいからこそ、
”何もできない赤ちゃん”として生きることで
「ほら、わたしはこんなにも無力で、
あなたがいなきゃ生きられない存在だよ?」
「こんなにあなたの望みを理解しながら存在して、
あなたを満たせるのはわたしだけでしょ?」
「こんなにもあなたを愛してるわたしのことを、
あなたも世界で1番愛してくれるよね?」
って自己犠牲しながら、
「わたしは本当に愛されてるよね?」
という証明を渇望し続けたたんだと思います。
これ以降わたしはこの渇望を、
無自覚のままずっと、
抱えて生きることになりました。
それが、わたしの生きる基本姿勢というか、
アイデンティティですらあったと思います。
満たされない渇望が、
わたしをねじ曲げた
でもこの渇望は、
永遠に満たされることはありませんでした。
だから、ねじれまくってしまった。
わたしの心の奥は常に、
「どんなに尽くしても、
理解してもらえない。」
「何をしてもらっても、
それはわたしが願う愛じゃない。」
「何をやってもらっても、
わたしは永遠に満たされない。」
「どんなに愛をもらっても、
わたしはずっと拒絶されてる。」
──と感じてた。
要するに、誰が何をどうしてくれたって、
わたしが満たされることはなかったんです。
永遠のイヤイヤ期を生きるメンヘラ女的な。←
ところで──
わたしが人生で1番悲しかったのは、
母に死ねと言われて裏切りを感じたこと。
ではなかったんです──!
続く。
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