わたしは、ずっとわたしを置いてきた
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ケイティです。生まれながらのサイキックです。
いろんなことを宇宙に教えてもらって生きてきて、心の探求と分析と、この世の法則の研究が好き過ぎて、ワンダーチャイルドレッスンを創りました。
ガイドのお言葉をお伝えすることと、宇宙人と一緒にヒーリングもしています。
今はこの3つを合わせて、ワンダーチャイルドレッスンと呼んでいます☆
どうぞよろしゅう。
わたしはマミーを置いていくのが悲しすぎる。
と、勝手に長年思っていた。
置いていくとはつまり、わたしが自分のしあわせを見つけて生きてしまうことである。
それが悲しすぎて、わたしは自分を生き切ることができなかった。
わたしは母が感じることが1ミリもできなかった、母の深い悲しみをずっと感じていた。
だから、わたしは彼女の赤ちゃんで、守られる存在でいることで、母がその悲しみに触れずに、むしろしあわせに生きられるように生きていた。
要するにお世話する人間がいることで彼女の自己肯定感や自己価値が満たされる状態を保ち続けたということ。
それは犠牲でもあったし、同時にわたしなりの愛でもあった。
でもわたしは幼い頃から自我は強かったので、拮抗して…でも愛したかったし愛されたかったので、自分を抑える方を優先して、我慢強くなった。
そこに込められていたすべての感情、すべての流れを、長い年月をかけて、完膚なきまでに全部認め切った。
1番奥にあったのはもちろん、母やその他、要するに自分以外の身近な人たちを最優先して置いてけぼりにし続けた、わたし自身の深い深い悲しみだ。もちろん怒りも恨みもなにもかも。
この最奥の感情に関しては、別の人生にそもそもの起源があり(みんなそうだけど、そんなことは誰も意識してないだろうし、わたしも人を観る時に過去世より今!とお伝えしている。必要な過去世は観えるから必要があればお伝えする。あくまでも今が大切なんだけど、わたしの人生は今回でこのどでかい自己犠牲を終わらせると決めてたので、どーしても過去は観ないわけに行かなかった)非常にたくさんの要素を自分の人生に絡めていたので、感じ切るのに本当に時間がかかってしまった。
だから、わたしは誰かを置いていくのが苦手だった。
わたしがわたしを置いてけぼっていたからだ。
その寂しさに反応してしまうんだ。
ひとりぼっちでいる悲しみを持つ人を置いて行けない。
置いて行かれた経験が記憶にあるかないかはさておき、心の中で自分だけ置いて行かれてるとか、見捨てられてるとかの悲しみを持ってる人を、それを恐れている人わたしは置いて行けない!!!
と、ひたすらに、無自覚レベルでも思っていた。
厄介なのは本人が自覚していなくても、そこを拾ってしまうことだった。
その想いがない人って、自覚してるかはさておき、ほぼいないと思われる。
そして、わたしはそこに反応してしまう。
なぜならわたしがわたしを置いてけぼりにし続けたからだ。
それを自覚仕切れなかったことが、わたしの自己犠牲の元だったのだ。
今のわたしはというと…🤫んー。んんんんんんー。
そうねぇ。
必要とされるなら、仕事として、その人のその深い悲しみを感じ切るお手伝いをさせていただきたいとは思う。
それ以外はもう、その方が感じたいなら感たらいいし、感じたくないなら感じなければいい。
と思えるようになった気がする。
うん。
たぶん、もう大丈夫だと思う。
うん。
人のことがわかってしまうのはもうどうにもできないけど、下手な同情をしてその人の力を無力化せず、その人本来の光だけを観ることができると思う✨
うん。
でもそうねー、もうちょっと全部がわかっちゃうのは、なんとかコントロールする術を身につけたいと真剣に思うとこではあるから、次の課題かな。
これまで感じてきた恐怖に比べたら、こんなの屁でもない感じ。
どーやってコントロールするかは今のとこわかんないから、そーゆー存在に教えてもらわないとなーーー。
と思っている。
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